甘口ピーナッツ

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夢想/悪夢/白昼夢的に綺麗なオススメ漫画n選

はじめに

 表題の通り、白昼夢のような漫画を紹介していく。Twitterから来てくださった方、検索エンジンから辿り着いた方、そしていつも読んでくださる方にとって有益な記録だと良い。

白昼夢とは

江戸川乱歩『白昼夢』(双葉書房、昭和15年)背表紙

 そもそも白昼夢とは何か。辞書によると、

白昼夢 はくちゅうむ daydream

 覚醒(かくせい)時におこる夢に似た意識状態において、さまざまな状況を思い描き、空想にふけることで満たされない願望を満たそうとするもの。白日夢ともよばれる。

 

 幼児や児童においては一般にみられるものであり、子供たちはひとり遊びのなかで空想の物語やドラマの主人公を演じる。これは子供の心的発達が未熟で、現実と空想の区別が明確でないため両者が相互に浸透しやすいからである。

 

 大人の白昼夢においても幼児的な野心、誇大妄想、性的願望があからさまに示されるが、夜の夢に比べると二次的加工が優勢でシナリオに統一がある。フロイトによれば、空想は大人に許された自然保護区のようなもので、こうした個人的で特殊な願望充足的な空想から一般的で普遍的な空想を創造するのが詩人であるという。[川幡政道]

小学館 日本大百科全書

 だそうだ。だいたいそのような、覚醒している夢のような、願望が現実と地続きに形になったような、空想や願望で満たされた漫画を並べていく。

「グヤバノ・ホリデー」panpanya

グヤバノ・ホリデー (楽園コミックス)

「楽園」からの5冊目のpanpanya作品集。表題シリーズ全8本はじめ「いんちき日記術」「比較鳩学入門」「学習こたつ」「宿題のメカニズム」等、著者ならではの描写が輝く21篇。日記も併収。

説得力のある白昼夢

 日々の出来事を綴った短編オムニバス。ゆるい日記調の描き口ながら、気づいたら本当か嘘かわからない論理展開に巻き込まれ、不思議なオチに何故か納得してしまう自分がいる。そんな〝無い話〟っぷりが非常に良い漫画。そもそも立って歩く犬だのがおかしいはずなのに、鮮やかな語りと重厚な知識とで現実と虚構の境目を曖昧にしていて実に心地よいし、どこか散歩に行きたくなる。

 存在しないものを描いたら存在するものになってしまうのではないか?など、どこか哲学的な、しかし子供っぽい、ある意味考えてもどうしようもないようなあれこれを絶妙なデッサンの筆致で描き上げた一作。とにかくデッサンが上手く、その上でデフォルメを利かせるのだからもう漫画が上手い。とても素朴なのに無限に緻密で、引き込まれるとはこのことかと思いながら毎回読み終えている。

 この人の絵が好きで、panpanya氏がポスターを手掛ける資料性博覧会という「研究や調査をまとめた同人誌および、研究資料とすることを目的とした同人誌」の即売会にも行ってしまった。氏の膨大な知識量に裏付けられた作劇には毎回脱帽してしまうし、このように知的でありたいと思ってしまう。説得力のある白昼夢に迷い込んで探検するような漫画。近しいコンセプトで単行本を何作か出版されているので、そちらもぜひ。

「シメジシミュレーション」つくみず

シメジ シミュレーション 01 (MFC キューンシリーズ)

押入れ生活をやめて学校に行ってみた。 『少女終末旅行』のつくみずが描く、 詩的でシュールなほのぼの日常4コマ!

(コミックウォーカー書評)

夢裡をゆるく歩む少女たち

 女子高生がきままに日常生活を送る漫画。ご存じ『少女終末旅行』の作者つくみず氏の作。世界を彼女たちが見たいように見ているのが伝わってくる作劇。若くて素朴な感性を生のまま描写するのが非常に美しく、また恐ろしい。世界とはいともたやすく崩れ去るものだという哲学を貫徹しているようで、震えあがる。

 基本は四コマで日常系の体裁を取っているが、要所で拡張したり伸縮したりと、自由に場面を描いていて本当に漫画のワザマエが達人。その瞬間に描くべきものを理解しながらゆる~く表現しているように見えて、しかし描かれたものはそれ以外はあり得ない姿を模っていて、すごいなあと思う。

 人が作った世界を暖かく信頼しているけれど、その枠組みを拡大していこうって強い渇望もあって、だからこそその限界に心底絶望しているような、どこか哲学的な物の見方をしている気がする。まるで夢のように変幻する世界は正しく在るべき姿であってほしいけど、その在るべきを定義するのは自分であって他人ではないのだ、的な。大変力強い。どんどん抽象度のギアがあがる漫画。

「庭先案内」須藤真澄

庭先案内 1巻 (ビームコミックス)

きらめく幾多の箱庭!! ファンタジックメルヘンの万華鏡!! 少年、少女、老人、おっさん、おばはん、神様、鬼、妖怪……。素敵な連中が織りなす箱庭世界

めくるめく夢幻オムニバス

 非常に独特で丸みを帯びた描画描線と自然で芸術的なコマ割りとで、総合芸術のような漫画オムニバス。たぶん作者さんには世界が大いに輝いて見えているのだろうなあと思ってしまうくらいには世界観がパチッと嵌ったお話を毎回毎回お出ししてきてて、これぞオムニバス!という感じ。

 どこか伝奇的なお話もあればゴリゴリのファンタジーもあり、大笑いしてしまうストーリーもあればしんみりしてしまう展開もあり、多種多様な物語を詰め込んだ宝箱のような漫画。全巻を通して話が進む展開や過去の登場キャラが再度現れたりもして、作品として完成されている。

 須藤真澄氏のファンタジー作品は、全体に一定の死生の筋が通っているように思える。七福神が象徴的かつコミカルに描かれるから仏教観が底通しているんだろうけど、その上に人間賛歌的な暖かみが全体を通して流れている。読んでいて優しい気持ちになれる、ふわりと目の前に現れては消える幻のような、夢のような漫画だ。

ヨコハマ買い出し紀行」芦名野ひとし

ヨコハマ買い出し紀行(1) (アフタヌーンコミックス)

お祭りのようだった世の中がゆっくりと落ち着き、のちに“夕凪(ゆうなぎ)の時代”と呼ばれる近未来の日本。人型ロボット・アルファは、喫茶店『カフェ・アルファ』を営みながら、オーナーを待ち続ける――。アフタヌーン本誌で12年もの間、読者の支持を集め続けた異色のてろてろSFコミック。

人類の夢寐をのんびり過ごそうよ

 往年のアフタヌーンの名作。優秀なSF作品に贈られる星雲賞も2007年に受賞するなど、漫画史に名を残す最高の作品。雰囲気は上の紹介文に「てろてろ」とある通りのんびり緩やかな様子で描かれており、コマも大きく、台詞も簡潔、誰かが必要以上に苦しむこともなく、ゆったりと凪いだ時間が流れている、本当に稀有な漫画。

 もちろん単なるのんびりではなく、時代設定は海面上昇が続いて文明は崩壊、今ある資源をじっくりと使いながら衰亡する人類をみんなどこか受け入れているような、『少女終末旅行』で言う「絶望と仲良くなった」人々の話である。かといって自棄にもならず悲しさもなく、生きるべき世界をしっかり見つめながらのんびり生活していて、本当にこういう雰囲気の漫画は稀有だと思う。

 主人公の少年少女たちの独白が要所に添えられていたり、主人公のアルファさんが「ロボットの人」として馴染んでいたり、解釈を読者に任せるような伝奇的なキャラやSFな情景が繰り広げられていたりと、今見ても輝くところが多い漫画。まろやかで鷹揚な画風も愛すべきもので暖かい。秋の夕長に潮騒を聴きながらふと微睡んだ時に見る夢のような、そんな優しく閉じていくお話。

「おもいでエマノン鶴田謙二

おもいでエマノン (RYU COMICS)

長い髪、編みの粗いセーターにジーンズ姿、吸い込まれるような深い瞳とそばかす。そしてタバコ。ナップザックにはE.Nとイニシャルを縫い込まれている。彼女がE.N――エマノンだ。見た目はなんということはない普通の少女だが、彼女のなかには「地球に生命が発生してから今までの全ての記憶」があった……。梶尾真治の傑作小説を、鶴田謙二が満を持してまんが化。鶴田謙二がこだわり抜いた演出と描写が、ここに結実!

人類を夢解くフェリーの彼女

 同じく往年の漫画界の寵児、鶴田謙二氏の傑作伝奇漫画。昭和でジュブナイルで寂寥感のある原作小説を、圧倒的な筆致で見事に仕上げている永遠の金字塔。地に足が着いているはずなのに言葉は見当も付かないことを言っていて、恐ろしいことにそれが真実だと納得させられる展開力に初読の私は椅子から転げ落ちんばかりだった。

 あとがきを見るに、漫画作品として一巻は「原作未読者に向けた」ものらしく、舞台は九州に向かう大型フェリー(たぶん「さんふらわあ号」)、その中で出会ったエマノンという一人の女性についての独白と、それを聞く男子学生さんという完結した構成になっている。SFを齧った青年が、フーテン風な少女が語るリアルなSFを前に慎重に言葉を紡ぎ、それに対してエマノンが視線を投げ、フェリーの階段下で夜が更けていく情景が大変印象的。

 それにしてもエマノン、彼女の蠱惑的なこと!孤独を愛しながら家族を求める姿は野良猫のようで、届かないと分かっていても思わず手を伸ばしてしまいたくなる魅力がある。明日会うはずのエマノンを想像しながら生きている年代層がこの世のどこかで今日を眠るんだろうし、たぶん私もそこに埋葬されているなあ。合掌。煙草を吸いながらふとありもしない何かを夢見るような、でもそれは確かにあったのだとどこかで合点がいくような漫画。

「いえめぐり」ネルノダイスキ

いえめぐり (ビームコミックス)

不動産屋を訪れた主人公。探している物件は、部屋数多め・静か・駅から徒歩30分以内。ごく普通の部屋を探しているはずが、紹介される物件はなぜだか奇妙なものばかり。一軒一軒めぐるたびに、前居住者の住居に対する奇天烈な発想に目を奪われ、思わず他の物件も見たくなる主人公、エスカレートしていく物件探し。果たして理想の物件に巡り合うことができるのか。数々の物件を内覧した主人公が出した決断はいかに! 2015年第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で同人誌「エソラゴト」が新人賞受賞。2017年第20回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で同人誌「であいがしら」が審査員推薦作品選出。奇才ネルノダイスキ完全描きおろし長編漫画。

夢遊病患者のサイケデリック家探し

 2人の人物が家を探す漫画。家を探すのだがそれは我々の想像からはおよそ逸していて、誰もが抱く〝家〟という概念に当然の異常性をこれでもかと詰め込んで、最後にはその概念すらも破壊してやろうという、夢というよりはバッド・トリップのような作風の漫画だった。最初に読み終えたときはしばらく身動きが取れなかったことをよく覚えている。

 とにかく画風が独特かつ剛健で、恐らく点描など手間暇を要するだろう要素を惜しげもなく凝らして産み出された世界≒家観は圧巻の一言。家主は何者だったのか、どんな家なのかを淡々と語られるから喜劇のようにも狂言のようにも思える、驚異の一作。明らかに芸術作品の一角だし、作者さんのネルノダイスキ氏は個展を開いていると伺うから納得の一言。いつか行きたい。

 ちょっとこれ以上はもう言葉にならない、誰かにおすすめして良いかどうかも判断がつかないが、もし気になったのならとにかく読んでほしい。悪夢と呼ぶには簡単すぎるし口に出そうとしても言葉にならず、誰かに語れないまま頭のどこかに棲み続ける記憶のような漫画。

「本田鹿の子の本棚」佐藤将

本田鹿の子の本棚 暗黒文学少女篇 (リイドカフェコミックス)

「他人の本棚を見るのはプロファイリングになる」思春期真っ盛りの鹿の子ちゃんとの心の距離を如実に感じる今日この頃。父・鳩作は愛娘の心を知るために無断で部屋へ侵入し、無断で本棚の蔵書を手に取る! そこは、思春期という言葉では片づけられない摩訶不思議なワンダーランド! 親の愛か、ただの変態か。父娘をつなぐ読書の冒険!! 『嵐の伝説』『アコヤツタヱ』でカルトな人気を博する佐藤将による超レア・プレミア本!!

高熱の孤床で垣間見る悪夢絵巻

 少女の本棚に詰まった不条理やSFや伝奇やを紹介する体裁のオムニバス。たぶんジャンルはギャグ漫画なんだろうと思う。なにしろ作劇の都合上、毎話ごとに全く違う作品のあらすじを冒頭で流し込まれたあとにサビの部分を漫画として堪能する羽目になるため、ノンジャンルになっているのだ。頭がおかしくなるし、作者は頭がおかしい。

 劇画を底にしたリアル調の画風で、毎回たいへん勢いのある展開を繰り広げている。モノによってはエログロ全開だしナンセンスに片足突っ込んだ話もあったりするし正直人様にオススメできるかは大いに疑義なのだが、だからこそピンポイントでブッ刺さる話があったりもするからかなり良いのでおすすめしたい。気分としては秘宝館の廊下に近い。

 上の話『続・耳なし芳一&続・平家物語』など、ギャグに振り切った傑作の一つだと思うし今でも私の中のマスターピースの一つ。展開の勢いと説得力と無法と暴力とがあまりに鮮やかで、オチの一コマで見せた芳一の笑顔では狂ったように笑ってしまった。苦痛を伴う高熱に見舞われて独りで寝込む明け方に、苦し紛れに脳が見せた狂った夢幻のような漫画。一巻がどれなのかは私も知らない。

おわりに

 思うままに書き始めたが、古典に類するものから現在連載中の作品まで、幅広く語れたので何となく安心している。また心なしか、アフタヌーン系統の漫画が多い。不思議を感じる。テーマに沿って漫画を読み返すのはとても健康に良かったので、またやりたい。

 コメント欄に「この漫画も夢らしくて良いよ!」というものをはっつけていくと、後から読みに来た人の知見が増えて良かろうし、何よりわたしが嬉しい。面白かったら追記するかもしれないので、よろしくお願いします。

 おわり。感想意見その他はTwitter( @jimmy_9609 )までお願いします。