甘口ピーナッツ

多めの写真やTwitterに書ききれないことを書く

君は「馬声蜂音石花蜘蛛荒鹿」を読めるか? ~万葉集の概略と万葉仮名のエモみについて~

0.まえがき

 仕事で『万葉集』を扱うことになりそうなので、調べた内容を備忘録的に纏めた。せっかくなのでここに載せて、久々にブログを稼働させようじゃないかという一石二鳥的試みである。

 なお、纏めるにあたってみんな大好き浜島書店『常用国語便覧』に大いにお世話になった。学生の頃からたびたび捲っているが、いつ読んでもやっぱり面白い。

f:id:jimmy9609:20190403084020j:plain

いつもの。

1.背景

 以前は口伝によって歌謡や物語が伝えられていたが、奈良時代に入って国家としての組織が整うにつれ漢字を用いての国語表記を誰もが自由に行えるようになり(ひらがなの成立はまだ先)、それに伴い「個人の作歌を主体とした歌集」が作られるようになった。多彩な身分の人間が筆を取ることが出来る、文化創出を勝手に行えるようになった時代である。この作品はその黎明期に編纂されたものであり、「現存最古の和歌集」でもある。

 

2.成立

 

 未詳。7世紀後半から8世紀後半にかけて編まれ、奈良時代後期の780年頃(便覧だと760年)に成立したとされる。全二十巻、約4500首(その内作者不詳は2100首以上。Twitterかな?)である。万は「多くの」、葉は「代」に通じるとして「世代に」という意味から「後の代々に語り継がれる歌集」という意味だ、というのが通説であるが、個人的には葉の「紙=和歌」という意味から単純に「日本の数多の歌を収めた歌集」という解釈を学生の頃からしていたし、この方がなんだか好きである。

 

3.編者

 未詳。いくつかの原型となる書籍があり、それらを「大伴家持」が集積し編纂し、自身の家集を加えて成立させたとの説が有力である。

 他には『栄華物語』月の宴に

むかし高野の女帝の御代、天平勝宝5年には左大臣橘卿諸兄諸卿大夫等集りて万葉集をえらび給

とあることから、『万葉集』自体にも7首採用されている左大臣橘諸兄」の編纂が行われたこと、『源氏物語』梅枝に

嵯峨の帝の古万葉集を選び書かせたまへる四巻

とあることから第52代天皇嵯峨天皇」の勅令がなされたことも確定だろう。

 

 

4.内容

 作者層は天皇、貴族から下級官人、防人など様々な身分の人が詠んだ歌を集めている(やっぱりTwitterじゃないか!)。旅、宴会、遊覧など雑多な歌を集めた「雑歌」、男女の恋愛や親子、兄弟などの相互の関係を詠んだ歌を集めた「相聞」、死者への哀悼を詠んだ歌を集めた「挽歌」の三つの部立に分かれている。

f:id:jimmy9609:20190403092623j:plain

「挽」は「力一杯ひく」の意。転じて「挽歌」は「棺を曳いて墓場に向かうときに吟じる歌」の意。

5.万葉仮名

 本題である。ここを調べるにつれて私は『万葉集』が好きになっていった。

f:id:jimmy9609:20190403165855j:plain

万葉集の1ページ。紙が良い色合い。

 本文は全て漢字で書いてあり、一二点やらが盛り込まれたいつもの漢文の体裁を為している。しかし歌の方は現代の日本語と同じ語順、つまり日本人の発話通りの順で表記されている。いわゆる「万葉仮名」である。またその表記の仕方も実に絶妙であり、率直に言ってエモい。ざっくばらんに見ていこう。

 

 基本的には、字義を無視して漢字の音訓を当てて表記する形式である。

 「宇」も「卯」も「得」も、万葉仮名的には等しく「う」である。

 例文として集歌816(少貳小野大夫)を挙げよう。

原文

烏梅能波奈 伊麻佐家留期等 知利須義受 和我覇能曽能尓 阿利己世奴加毛

訓読

梅の花 今咲けるごと 散り過ぎず 吾が家の苑に ありこせぬかも

梅の花は今私の目の前で咲いているように散り去ってしまうことなく、

吾が家の庭に咲き続けてほしいよ。

 原文の漢字列とにらめっこして「う~め~のう~は…な?」とやってみると分かるとおり、原文の時点で「梅の花か!」と音訓を当てはめて読めてしまうだろう。これが日本人の発音に即した日本語の原型、今から1200年前に編み出された万葉仮名である。

f:id:jimmy9609:20190403162220p:plain

現代に伝わる”万葉仮名”の一例。字義に拠らず音訓だけを採っている。
 一方でこのような和歌もある。
 

垂乳根之 母我養蚕之 眉隠 馬声蜂音石花蜘蛛荒鹿 異母二不相而

 

 集歌2991である。どうだろう、読めるだろうか。上の句は良いだろう。

 

垂乳根の 母が飼ふ蚕の 繭隠り 

 

「母」「蚕」辺りは読みがそのまま字義となっている。「眉」を音だけ取って蚕が住む「繭」に置換している時点で漢字大好党員としては爆エモであるが、問題は下の句である。

 

馬声蜂音石花蜘蛛荒鹿 異母二不相而

 

 これをどう読むか。これは

 

いぶせくもあるか   いもにあはずして

 

と読む。疑問となるのは、何故「馬声蜂音石花蜘蛛」が「いぶせくも」になるのか、である。以下に解説を載せる。

 

「馬声」は馬の鳴き声、いななき、すなわち「い」

「蜂音」は蜂の飛ぶ音、ぶんぶん、すなわち「ぶ」

「石花」はカメノテ、その古名で「せ」

「蜘蛛」はそのまま「くも」と読み、意味的には名詞と助詞に分離する。

 

 と、言うことである。実に、実に面白いことである。漢字の音訓と意味のみならず、そのものから連想される物事を読みとして扱い、或いは読みを解体してそれぞれ別の用法として扱わせている。日本語の可能性の黎明、無限に言葉の用法を広げていく革新的開拓である。最高。エモい。

 いやあそれにしても面白い。河川敷にスプレーで「夜露死苦」などと書いている健康優良不良少年もびっくりの飛躍である。江戸時代には「判じ絵」として絵や音とを組み合わせて新しい文字を作っていたが、その原型は「万葉集」にあった、と言っても過言ではないだろう。平安時代にも言葉を作りすぎて却って面倒になり、そこからひらがなカタカナの規則化が図られたという逸話もあったと記憶している。げに面白きは日本語の発展である。

f:id:jimmy9609:20190403163133j:plain

実在する企業のロゴ。読めるだろうか?

6.おわりに

 個人的には『万葉集』については無味乾燥な知識しか修めていなかったので、調べれば調べるほどなんとも興味深いことだと思うようになっていた。特に万葉仮名については驚くべき業が詰め込まれていて、控えめに言って最高だった。顧客等にも伝えていきたい。

 賢明なる諸兄ならお察しの通り、新元号「令和」に絡めて扱う材料である。しかし『万葉集』を「大伴家持が編纂した最古の和歌集」として暗記するか「万葉仮名が爆エモなので夜露氏苦!」と記憶するかでその性質は大きく異なるだろう。どのような切り口で物事を知っていくか、実に考えさせられるひとときだった。ねむい。

 

7.参考文献

万葉集 - Wikipedia

万葉集巻五を鑑賞する 集歌815から集歌852まで - 竹取翁と万葉集のお勉強

万葉集の戯書 | 日本のことば遊び

(15)万葉集(2991)…馬声蜂音石花=いぶせ? - 貫之の心・私の元永本古今和歌集

「かまわぬ」「あさくさ」…江戸時代の判じ絵が面白い | 絵文字進化論